ゆめカフェができるまで           

今度はおぬしが夢を叶える番じゃ

「ご縁」を大切にする

2019.10.2

「区を盛り上げる活動をしている人は、みんな市にいっちゃうんだよね……」
原画展に訪れた区の関係者が、こうつぶやいた。
「浮気しないで、区のことを、今後も引き続きよろしくお願いしますね」

 

なるほど、多くの人は、よりスケールの大きい舞台を求めて動くということか。

冒頭の言葉を聞いて、私は、多くの人とは、逆の方向へ向かったのだな、と思った。
発行部数30万部を超える雑誌と、全国紙の仕事をわざわざ断って、幸区の仕事を引き受けた。

 

直接のきっかけは病児保育の問題で、そうせざるを得ない事情があったのだけど、話すと長くなるので(下参照)、それはさておき。
 
 あらためて考えてみると、私の中では、いわゆる「(スケールが)大きい仕事」「小さい仕事」といったような感覚が、まるでない。
 強いて挙げるなら、私にとって大きい仕事とは、「ご縁があるもの」。たまたま目の前に転がってきた仕事は、スケールの大小に関わらず、「大きい仕事」である。

 

 だって、そうですよね。世の中には、ごまんと仕事があるのに、その中で、たまたま目の前にころがってくるものって、ものすごく大きなご縁を感じる。

 最初は何につながるのか分からないけれど、きっと今の私に必要なこと。「今はこれをやりなさい」ってことなんだ、と受け取っている。だから、全力で、全身全霊で取り組む。

 

 仕事だけではなくて、人に関してもそう。経歴とか、技術とか、そういうことに関係なく、目の前にいる人に最大限コミットする。あずなんて、絵を見る前に、絵を描くことが好きってだけで、スカウトしちゃったもん。だって、絵本をつくろうって思ったときに、絵本作家になりたいって人が目の前にいるんだから、これはもう、ご縁と言わずしてなんでしょう。

 

 人とのご縁と言えば、家族なんて、最高に大きなご縁を感じる。星の数ほどいる人たちの中から、たまたまこうして、ひとつ屋根の下にいるって、スゴイことじゃないですか。だから、この人たちが、この先どんなことをやらかそうと、いっしょに歩いて行く。そう家族にも伝えてある。

 

 話がちょっと横道にそれたが、仕事のハナシに戻る。
 これが不思議なものでね。一般的にいう「小さな仕事」が、全身全霊で取り組むことで、「大きな仕事」に化けるんだ。

 

「大きな仕事」っていうのは、競争相手が多くて、その他大勢に埋没しちゃうけれど、「小さな仕事」は、競争相手が少ないうえに、自由度が高い。自分がワクワクする方向を追求できて、オリジナリティを発揮できる。なんだかおもしろそうと参加する人が増えて、いつのまにか「大きな仕事」に化けるというワケ。

 

 私の経歴がおもしろいと言ってくれる人がたまにいるのだけど、いつもこんな調子でやってきて、自然に人生が展開していった。

 

雑誌の仕事から離れると挨拶をして、今後の活動について話したとき、お世話になった編集者たちは、一様に大きく首をかしげた。20年来の友人の編集者は、「ここまでキャリアを積んできた仕事をやめて、いったい何をしようというのか……」と、心から心配してくれた。

 だけど、いいも悪いもない。そうするしか道がなかったのだから。これからも私は、目の前にあらわれたご縁を大切にすること。ワクワクする方向へ向かうことだけ考える。そうすれば、今は想像だにしない新たな道へ続いていると信じている。

 

 原画展の次は、2月1日の河原町保育園で行われるミュージカル。近所の子どもたちが集まる小さな小さなイベントだけど、これまた脚本の制作から、本気度100%で取り組んでいる。「そんなに手をかけなくても……」と周囲に半ば呆れられつつ、本気でやらないと、何より私自身がおもしろくない。どうか温かく見守っていただきたい。

 

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〈メモ〉
 私が雑誌の仕事をやめざるえなかった理由

 

 いろいろあるけれど、一番の引き金になったのは、病児保育の問題。取材や撮影、打ち合わせの日に娘の病欠が重なることが多い。ある日のこと、いつものように病児保育はキャンセル待ち。腹痛で寝込んでいる息子に、携帯をにぎらせ、3歳の娘の看病をお願いして出かけた。他に誰も頼る人がいなくて、そうせざるを得なかった。携帯をにぎらせたとき「マジか…………」と言った息子の言葉が、今でも忘れられない。
同じ時期、娘が結膜炎につづいて風邪をひき、一ヶ月近く保育園に行けなかった。ストレスで眠れなくなり、パソコンを開こうとすると涙が出る。もうこれ以上続けるのは限界だった。