ゆめカフェができるまで           

今度はおぬしが夢を叶える番じゃ

悪いこと嫌なことのほとんどは、感謝を忘れているときに起こります  浅見帆帆子(エッセイスト)

『大丈夫!うまくいくから 感謝がすべてを解決する』(幻冬舎

 

 何が大変って、生活リズムが崩れることなの。70にもなると、人さまに迷惑かけないように、頭と体の健康を保つのが仕事みたいなもんです。何をするにも若い人の何倍も時間がかかりますしね。

 

 週末に美容室へ行ったときのこと。隣に座った年配の女性が、美容師さんに熱心に話をしていました。聞くとはなしに聞いていると、どうやら女性の娘さんはキャリアウーマンで、しょっちゅうお孫さんの世話を引き受けているよう。

 

 娘は、私が暇だと思ってるみたいだけど、朝も昼も晩もすることは山ほどあるんです。朝は、庭で採れた野菜でジュース作って、健康体操して、涼しいうちに畑の水やりして、お父さんの朝食作って、朝ドラ見ながら休憩してって順番が決まってる。

 ちょっと病院に連れて行くくらい、いいでしょって、朝のリズムが崩れると、その日は一日中なんだか調子が狂う。まる一日つぶれたようなもんです。それなのに直前に電話してきて、当然のようにあずかってほしいって。娘が仕事に行くときならまだ仕方がないって思えますけどね。やれ習い事だ、買い物だ、来客だ、そのほかにも資格試験だ、イベントだって何かあるたびにしょっちゅう。

 ちょっとだけって言って、約束の時間を守ったためしがないですからね。待てど暮らせど迎えにこなくて、こっちは買い物に行きたくても待つしかないんです。

 

 こんな話、若い人には退屈ですよね、すいませんね、いつも聞いてもらって。娘はもちろん聞く耳なんてありゃしません。一言でも言おうもんなら、10倍返しですから。女性は何度もすいませんねと言い、そのたびに茶髪の美容師さんは、穏やかに微笑みながら首を振りました。女性は安心したように話を続けます。

 

 孫を世話するのがいやってわけじゃないんですよ。一番我慢できないのは、娘に感謝の気持ちがないってことです。今日は何を食べさせたかって必ず聞くんですよ。それで、孫が虫歯になったのは、ハイチュー食べさせたからだって。

 そうそう、病院で長く待たされて、孫を連れてぐったりして帰ってきたら、「保険証を入れるバッグがいつもと違う」って、ありがとうの一言もなく、いきなり罵倒です。感謝どころか文句を言うの。忙しいのは分かるけど、いっつもイライラして。

 そんなふうだから、体よりも精神的にこたえるんですよ。このあいだは、孫が交互にインフルエンザにかかって、やっとよくなったと思ったら、今度は上の子が骨折して、2ヶ月くらい病院通いが続きました。

 先日3日間寝込みましてね、布団から起き上がろうにも、体が言うことをきかないんですよ。知らず知らずのうちに、疲れがたまっていたんでしょうね。これだけやっても、たまにしかあずかってもらってない、職場の同僚は親がもっとサポートしてくれてるって、そう言ったんですよ。言われたのはずいぶん前ですけど、何度も思い出しては怒りがこみ上げてきます。

 よその子をあずかれば給料がもらえるけど、親は何時間でもタダですから。本当に割に合いません。娘は用事があるならあずからなくていいよって言うけど、絶対動かせない用事じゃないし、断れないじゃない……。

 

 雑誌を読むふりをしながら、アンパンマンDVDを見ている娘をあやすふりをしながら、最後はほとんど身を乗り出すようにして聞き入っていました(勝手に聞いてごめんなさい)。

 仕事と育児と家事に追いまくられ、毎日いっぱいいっぱいで、支えてくれる人の気持ちを考えたことがあっただろうか? 感謝していると言いつつ、どこかでこんなに頑張っているのだから、支えてもらって当然と思っていなかっただろうか? 

 この日、大切なことに気がつきました。自分は、たくさんの人に、支えられていると。髪をカットしながら、どちらの味方をするでもなく、「そうですか、そうですか」と相槌を打ちながら聞いていた、あの若い美容師さんにも。

 

 なんだかんだ言っても、孫はかわいいからね、だから続いてるんですよ。

 

 美容室から出るとき、女性はすっきりした笑顔で帰って行きました。

 『大丈夫!うまくいくから 感謝がすべてを解決する』の中に、こんな一節があります。「なにかがうまくいったとき、自分ひとりだけの力で成し遂げていることなんてありません。目に見える人の力、見えないところで動いてくれた人の力、本当に目に見えない力、必ずこれらがひとつになってものごとが成り立っています」。

 著者の浅見さんは、こう述べています。「悪いこと嫌なことのほとんどは、感謝を忘れているときに起こります」。陰で動いたすべての力に、心から感謝したとき、「感謝したくなるようなことが追いかけてきます。〈うれしい〉〈楽しい〉と思っている人に、また楽しいことが起こる仕組みと同じです」

 不満のスパイラルより、感謝のスパイラルのほうが、ずっといい。

 今日も感謝を忘れずに。

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《ちょっと裏話》

 毎朝等々力公園に行くと、夏は5時すぎから年配の方をたくさん見かけます。ウォーキングをする人、犬のお散歩をする人、太極拳をする人、楽器の練習をする人、湖を眺める人、ごみ拾いをする人、お友達同士でお茶会をする人――。 最近は、顔見知りも増えてきました。

 今朝、いつもすれ違う女性3人組と挨拶を交わしたとき、そのうちの一人の携帯電話が鳴りました。ウエストポーチから電話を取り出し、「え、そうなの……、うん、うん、わかった。すぐ行く」と、何やら真剣な顔で話しています。

 電話を切ると、「孫が熱出したって。娘が仕事に出かけるから、病院に連れて行かなきゃ」と慌てた様子で言い、小走りで去って行きました。「お大事に……」後ろ姿を見送りながら、以前、美容室で聞いた話を思い出したのです。

 今朝、等々力公園で会った女性は、日課のウォーキングを中断して、急いで帰って行きました。「生活リズムが崩れる」というのは、なるほどこういうことなのかと。

 私も自分の生活を振り返ってみると、たくさんの方々に支えられていることに、あらためて感謝の気持ちがわき、お礼を伝えたくなりました。いつもお世話になっている保育園の先生、遠くから見守ってくれている福岡と宮崎の両親と妹、天国のおじいちゃん、おばあちゃん、お義父さん――。いつも本当にありがとうございます。

 ついつい空気のように当たり前の存在になってしまいがちですが、感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。