まさ出版の日記           

すべての人の人生が輝きますように

2019協働事業でかなえたこと11

 

2019協働事業でかなえたこと11

 

【原稿】

1、夢見ヶ崎「歴史トリビア

2、ふしぎにゃトンネル「絵本誕生秘話」

3、夢見ヶ崎「夢ファイル」

4、ミニミュージカルのシナリオ

 

【制作物】

5、A3絵本

6、デジタル絵本

7、英訳絵本(+韓国語訳)

8、パンフレット「おぬしが夢をかにゃえる番じゃ」

 

【イベント】

9、夢見ヶ崎の夢見る絵本展(2019年9月)

10、ミニミュージカル(2020年2月1日)

11、絵本誕生秘話のまさ講演会(2020年3月14日)※日吉郷土史会主催

 

3つのイベントを締め切りにして、

原稿&制作物を生み出した1年だった。

 

次の一歩は何か。

 

今度は、もっともっと、やるべきことを減らして、自分に集中したい。

シンプルにしたい。

 

CHAPTER3 おぬしが夢をかにゃえる番じゃ~夢ファイル10~

CHAPTER

おぬしが夢をかにゃえる番じゃ

 

この地は夢がかなうところ。今度は、あなたが埋もれていた夢を掘り起こし、かなえる番です。CHAPTER3では、夢見ヶ崎で夢をかなえた人を紹介する「夢ファイル」を展示します。みんなの夢が集まれば集まるほど、〈夢パワー〉がぐんぐん膨らみます。

さあ、あなたの心に埋もれている夢は、なんですか?

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夢ヶ崎の夢ファイルvol.1「大塚優」

~おばあちゃんになっても、アイドルをつづけたい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

小さい頃から歌が好きで、2歳でカラオケデビュー。小学校の卒業文集には「タレントになりたい」と書きました。「GABU」のメンバーとの出会いは、川崎市民ミュージカル。歌や踊りの練習を重ね、09年夢見ヶ崎動物公園まつりで初パフォーマンスを披露しました。

 

②これまでの活動について教えください

15年、“ホーム”である夢見ヶ崎動物公園を飛び出し、川崎市内の音楽イベント(InUnity)に出演しました。「夢は叶う」をテーマにしたオリジナル曲「I GABU YOU♡」を作詞、作曲。アイドルとしてステージに立ちたいという夢を叶えることができました。

 

③今後の夢を教えてください

メンバーと一緒に少しでも長く活動を続けることが、最大の夢です。「おばあちゃんになってもアイドルを自称し続けようね♪」と話しているんですよ。個人的には、GABUの「おしゃべり担当」として、話すことがお仕事になったらいいなと密かに夢見ています。

【PROFILE】 大塚優/「自称・夢見ヶ崎動物公園専属アイドルGABU」リーダー

01年にスタートした川崎市民ミュージカルに出演。そのとき出会ったメンバーとともに08年、「GABU」の活動をスタート。市内のイベントに数多く出演する。アニメソングや洋楽、演歌など、幅広いレパートリーがある。                    


夢ヶ崎の夢ファイルvol.2「阿部稔子」

~子どもがありのまま、のびのびと遊べる街をつくる~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか? 

幸区で暮らす子どもたちがもっと自由にのびのびと遊ぶ場所をつくりたいと考えました。モットーは、「ケガと弁当は自分持ち(自分の責任で自由に遊ぶ)」。子どもの外遊びの場=プレーパークづくりと、プレーパークの考え方をベースにした場づくりをしています。

 

②これまでの活動について教えください 

◆「夢見ヶ崎プレーパーク」毎月1回◆乳幼児親子の交流と外遊びの場づくり「おでかけぽかぽか」◆思いっきり水遊び!「サマープレパ」◆幸区にもう1ヶ所プレーパークを!「みゆきでプレパ」◆子どもの遊びや子育て関連の講座・講演を企画運営しています。

 

③今後の夢を教えてください 

子どもたちが「やってみたい」に挑戦できる遊び場・プレーパークをつくるため、2002年12月発足した「夢見ヶ崎プレーパークをつくる会」に参加。子どもたちの「興味・好奇心・挑戦」という気持ちを大切に、自由に・のびのびと遊べる空間の創出を目指している。  

 

【PROFILE】阿部稔子/夢見ヶ崎プレーパークをつくる会代表 

「中学校区に1ヶ所プレーパークをつくる」というのがひとつの目標。だけど、本当の理想は、「プレーパークのない街」。プレーパークがなくても、地域の人に見守られながら、子どもがありのままの自分で、安心してのびのびと遊べる“街”をつくるのが夢です。

 

 

夢ヶ崎の夢ファイルvol.3「村木芳夫」

~「日常の一コマ」となる身近な動物園を目指す~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

小学生の頃、山口県宇部市の常盤公園(現在のときわ動物園)の近所に住んでいて、よく遊びに行っていたことから、「動物に囲まれて生活したい!」という軽い気持ちで獣医師の道に進んでしまいました。 

 

②これまでの活動について教えください

川崎市役所に就職して30年間、動物に囲まれることなく、飲食店などの許認可や人の感染症予防の仕事をしてきました。ところが平成30年、何の間違いか動物園の園長になってしまいました(あり得ないと思っていた夢のまた夢が現実になってしまいました)。

 

③今後の夢を教えてください

有名大動物園のように一大イベントとして訪れるのではなく、日常の一コマとして何度も来ていただける「地元の小さな無料動物園」として、「私の子供時代を語るにはココ抜きには語れない!」っていうような動物園になれればいいなと思っています。もちろん、日常に疲れた大人が「ボー・・・」とするのにも是非。動物と一緒に職員たちの顔も覚えてもらえるようになれば、もう最高です。   

 

【PROFILE】 村木芳夫/夢見ヶ崎動物公園園長

山口県出身。麻布大学獣医学部卒業後、1988年に川崎市に獣医職として入庁。飲食店などの許認可や人の感染症予防の仕事を経て平成30年4月から現職。趣味は、

まち歩き。 

         

夢ヶ崎の夢ファイルvol.4「夢見ヶ崎動物公園獣医S」

~母ムササビが子供をくわえて移動するシーンを記録したい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

 ふと手にした『ムササビにあいたい』という本を読んだのをきっかけにして、2007年から観察に出向くようになりました。

 

②これまでの活動について教えください

フィールドワーク、行動観察(雌雄判別や個体識別、採食、利用樹洞、滑空コース、排泄など)、写真撮影とブログでの情報発信を行っています。12月の発情期は、メスを交えて複数のオスが追いかけっこをする滑空をたくさん観察でき、一年で一番楽しい時期です。

 

③今後の夢を教えてください

観察を始めてから、ムササビはどんな景色を見て滑空しているのかという漠然とした思いがあり、ムササビの背中側からの撮影をしたいと思うようになりました。ムササビより高い位置に陣取らねばならず、撮影不可能と思っていたのですが、ふとした不思議な縁で、撮影に成功しました。観察開始から10年が経過していました。次は、母ムササビが子供をくわえて移動しているシーンを記録したいです。

 

【PROFILE】SS/夢見ヶ崎動物公園獣医

動物が好きで、小学校の頃から夢は「動物のお医者さんになること」。夢見ヶ崎動物公園に勤務し、獣医として動物の治療を行うほか、調理や給餌、清掃、観察など飼育作業も担当。休日は、野山で昆虫や野生動物の写真を撮影する。                        

 

夢ヶ崎の夢ファイルvol.5「石渡裕美」

~街全体を学校にしたい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか? 

3人の息子を「手づくりようちえん(自主保育)まんまる」で育てました。「やってみたい!」を原動力に行動するわが子たち。息子が小学生になり、同じ地域に暮らす子どもたちがのびのびと暮らせる街をつくりたいと思い、NPO法人はたらくらすを始めました。

 

②これまでの活動について教えください 

子どものためだけではなく、保護者も学べたり、スキルを活かせるプログラムを展開。夢見ヶ崎動物公園の絵本を「まさ出版」とともに制作し、街の魅力を発信してきました。

 

③今後の夢を教えてください

【街全体を学校にする】人の成長に欠かせないことは、挑戦する心だと思います。子どもや大人が自分の「やってみたい!」を原動力に、挑戦できるよう環境を整えてまいります。【街の価値を上げる】この街が、どんな街になったら住み続けたいと思いますか? 創造性を発揮して、地域の人や企業、行政とともに、理想の街の姿を叶えてまいります。

【PROFILE】 

石渡裕美/NPO法人はたらくらす代表理事

幸区在住。3人の息子を育てる母。子どもたちを幼稚園や保育園に預けず、お母さん同士の預け合いで運営する「手づくりようちえん(自主保育)まんまる」で育てる。07年、NPO法人はたらくらすを設立し、代表理事に就任。           

 

 

 夢ヶ崎の夢ファイルvol.6「市川勝一」

~夢見ヶ崎を舞台にした歴史小説を書きたい~

①活動を始めたきっかけは何ですか?

現役時代は、仕事に忙しく、地域とのつながりは、ほとんどありませんでした。定年退職したあと、地域おこしの活動にかかわるようになり、あれこれ意見を言っているうちに、「じゃあやってよ」となって。いつの間にか委員長を引き受け、てんてこ舞いの毎日です。

 

②これまでの活動について教えください

地域で出会った同世代の仲間といっしょに、街おこしの活動をしています。日吉郷土史会では副会長をつとめ、日吉分館や小学校で、地元の歴史を多くの人たちに伝える講座を開いています。歴史を通して、この街の魅力をもっと知ってもらいたいですね。

 

③今後の夢を教えてください

私の夢というか、ロマンは、夢見ヶ崎を舞台にした歴史小説を書くことです。日本武尊ヤマトタケル)がこの地で出会った弟橘媛オトタチバナヒメ)と夫婦になり、子供が生まれ、仲睦まじく子育てをした……、壮大な歴史をベースにした物語を書き進めています。

【PROFILE】 市川勝一/日吉郷土史会副会長

日吉郷土史会の活動のほか、日吉第一地区の委員会会長、社会福祉協議会の会長も兼務。地域を盛り上げる活動を続け、「日吉の歴史をさぐる」講座やシニアを対象にした食事会「ハラハラ亭」を開催。地域活動のかたわら、ライフワークとして、夢見ヶ崎を舞台にした歴史小説を書いている。                     

 

夢ヶ崎の夢ファイルvol.7「まさ」

~だれもが気軽に自費出版できる場をつくりたい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

フリーライターの仕事と育児を両立しようと奮闘しましたが、病児保育の問題がどうしても解決できなかったのが、きっかけです。自分自身も、無理がたたり、体調を崩しました。家族や自分の状況に合わせ、柔軟に対応できる働き方をつくりたいと考えました。

 

②これまでの活動について教えください

自費出版は、高額な費用がかかり、ハードルが高いというイメージがありました。そこで、新しい出版スタイルを提案する「まさ出版」を設立。コンセプトは、「想いをカタチにする」。これまで『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』をはじめ、3冊の絵本を制作しました。

 

③今後の夢を教えてください

自分の働き方を考えたいという目的でスタートしましたが、あずとの出会いをきっかけに、さらに夢が広がりました。だれもが気軽に自費出版できる場をつくりたい。埋もれた才能に光を当て、メジャーデビューする作家が誕生する。それが今の夢です。

 

【PROFILE】 まさ/フリーライター、教師

大学卒業後、テレビ局でニュース番組の制作に携わる。その後、出版社に転職。編集者として勤務し、04年に長男の出産を機に独立。3人の子供を育てながら、新聞や雑誌、広告で執筆する。17年、自費出版専門の「まさ出版」を設立。特別支援学校の教師でもある。    

                      

夢ヶ崎の夢ファイルvol.8「あず」

~命には意味があることを、絵本を通して伝えたい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

まっすぐで 薫風の様な人とあえたから

 

②これまでの活動について教えください

その人と 同じ方向を向いて いろんな人の心に届く 絵本を描く事が出来ました。

 

③今後の夢を教えてください

命には 意味がある という事を 絵本をとおして たくさんのひとに 伝えたいです。

 

【PROFILE】 あず/主婦

石川県輪島市出身。自然豊かな海に囲まれて育つ。子供のころから絵を描くのが好きで、絵本作家になりたいという夢をもっていた。編み物や服作りも得意で、服飾デザインの専門学校を卒業する。結婚後、数年間は育児に専念。現在は、3人の子供を育てながら、パートの仕事をしている。 育児や仕事に追われ、20年間、絵筆を握っていなかったが、保育園のママ友、まさと出会い、絵本を描き始めた。『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』をはじめ、『Crystal Blue ~message of whale~』 『やおよろずのかみさま』を制作。絵本マニアで、本屋に行くとつい買ってしまう。蔵書は、少なくとも100冊以上。絵を描くだけではなく、物語をつくるセンスもピカイチ。目下、悩みのタネは、描きたいテーマがたくさんありすぎて、どれから手をつけるべきか迷うこと。  

                   

夢見ヶ崎の夢ファイルvol.9「関 敏秀」

~地域とつくる夢見ヶ崎動物公園

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

 

幸区の貴重な地域資源である夢見ヶ崎動物公園の魅力を高め、区民が憩う空間とするため、様々な取組を行っています。平成30年度からは、区民の皆さんから「活動のPRや団体同士が「つながる」場がほしい」との声を受けて、「ゆめみらい交流会」を開催しています。

 

②これまでの活動について教えください

 

さいわい加瀬山の会と協働で、近隣の保育園・小学校の子どもたちと花壇の花植えを行うほか、「ゆめみらい交流会」では、動物公園周辺で活動する団体等にプレゼンしてもらうなど、参加者同士で動物公園周辺の賑わい創出に向けた取組について語り合ったりしています。

 

③今後の夢を教えてください

 

動物公園は、昭和49年の開園当初から、地域の皆さんによって支えられてきました。今後も川崎市のシンボルとして、区民のみならず、県外の方からも愛され、さらに魅力あふれる動物公園となるよう、地域の皆さんと協力しながら取り組んでいきます。

 

【PROFILE】 関 敏秀/幸区

 

昭和36年多摩区菅出身。学生時代は教員を目指しながらも、地域に夢を与えられる仕事に憧れ、昭和60年に川崎市へ入庁。議会局や総務企画局を経て、平成31年4月1日幸区長に就任。

 

 

 

夢ヶ崎の夢ファイルvol.10「神野裕子」

~「きっと誰かが助けてくれる」と思える環境を作りたい~

 

①活動を始めたきっかけは何ですか?

2013年のおこさまっぷリニューアルに公募委員として関わったことがきっかけで、表紙を描かせてもらいました。その後区役所発行物へイラストを描かせてもらったり、イベントの企画運営に関わったりしています。

 

②これまでの活動について教えください

おこさまっぷの表紙と、幸区役所のキッズルームの壁に貼る絵を描きました。NPO法人はたらくらすの「おいでにゃさいわいマップ」を手がけた縁で、現在は絵本「ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル」と夢見が崎を知ってもらうためのイベントを補佐しています。

 

③今後の夢を教えてください

子育て中の人たちが困った時「きっと誰かが助けてくれる」と思える環境を作るのが夢。地域のことに関わっているので夢がかなっている最中です。見るとほっとする絵が描けるイラストレーターにもなりたいです。人の輪の中で更に試してみたいなと思っています。

 

【PROFILE】 神野 裕子

2011年東日本大震災直後に川崎に住む。地域のことをもっと知りたい、友達を作りたい気持ちで入ったおこさまっぷの編集で、表紙絵や挿絵に関わる。どんな風に表現したら人の心に届くのか、どんな絵を添えたら効果的かなど「伝えたいことをちゃんと伝わるように」考えるのが好き。     

 

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CHAPTER

絵本から育っていく夢

 

小さな冊子として誕生した『ふしぎにゃトンネル』は、大型絵本、紙芝居、ハードカバー版、マップ、駅の案内板、A3絵本……とさまざまなカタチになり、図書館や小学校、児童施設で見ることができます。さらに、朗読コンサートや原画展、ミニミュージカルに、一歩一歩、広がっています。絵本はプロローグ。まだまだ続く、その先の夢をご覧下さい。

                 

      

CHAPTER2 絵本制作の裏舞台~絵本誕生秘話10~

CHAPTER

絵本制作の裏舞台

 

ここでは、絵本を制作した約1年半の裏舞台を紹介します。絵本のイラストを担当したあずは、3人の子どもを育てながらパートの仕事をする主婦です。絵本作家になりたいという夢を持ちながら、育児や仕事に追われ、20年間、絵筆を握ることはありませんでした。誰にも埋もれている夢は、きっある。あずといっしょに「夢をかなえる旅」をお楽しみください。

 

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『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.1

~作者M絵本プロジェクトに参加する、の巻~

 

2016年8月。フリーライターのわたしMは、ある朝、文章が書けなくなった。何の前触れもなく、突然に。最初は自分の状況がよく分からなかった。明日になったら、1日休めば、もとに戻るだろうーー。

ところが、次の日も、その次の日も、何度繰り返しても同じ。パソコンを開こうとすると、涙が出る。自分から〈書くこと〉をとったら、何も残らない。20年間、そう信じてきた。他にできることなどまったく思いつかず、七転八倒を繰り返すこと1年あまり。八方ふさがりの真っ暗なトンネルに、一筋の光がさす転機が訪れた。

たまたま参加した障がい者スポーツ講習会で目にした、水泳世界大会の映像。会場の片隅で、周囲の人がギョッとして振り返るほど、号泣してしまった。

なぜ、こんなにも心に響き、揺さぶられたのか。片腕だけで、懸命に泳ぐ日本人選手の姿が、力強くわたしに語りかけた。

失ったものにしがみつくな。自分に残された機能を最大限に活かせる、オリジナルのスタイルを、編み出せ、磨きあげろ……! 

目からでっかいウロコが落ちた。書くことにこだわるのは、もうやめよう。

選手から受け取った「けっしてあきらめるな」というメッセージを胸に、その日から真剣に、とことん、自分自身と向き合った。「わたしに残された機能」は何か。

何日も何日も、考え抜いて出た結論。それは、編集力を活かすこと。ごちゃ混ぜになった材料の中から、光る1点を見つけ出し、膨らませる。原稿を書く仕事を通して身につけた、1点を嗅ぎ取る直感力。それを、今までとは違う舞台で活かしたい。ちょうどそのとき、目の前にあらわれたのが、幸区のプロジェクトだった。この街は、どういう切り口で見せれば、魅力が伝わるのか。新たな夢探しの旅が始まった。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.2

~地域の歴史をテーマにする、の巻~

 

夢見ヶ崎動物公園を舞台にした絵本を制作するにあたって、まず思い浮かべたのが、ニューヨークの動物園を舞台にしたテレビアニメ『ペンギンズ』。個性豊かな動物たちが繰り広げるコメディータッチのファンタジーだ。このストーリーのように、夢見ヶ崎動物公園の動物たちを主役に、園内で起こる出来事を描いた物語にしようと考えていた。

 ところが、公園のことを調べていたある日、興味深い事実を知った。それは、動物園がある加瀬山に、古い時代の古墳がいくつもあること。「古墳の上に動物園!?」。かなり衝撃を受けた。

 この地には、はるかかなたの歴史と現代が同居している。わたしには、夢見ヶ崎動物公園に集う親子と、1600年前の豪族の親子の姿が重なって見えた。その映像が目の前にあらわれた瞬間、霧がかかってぼんやりしていた視界が、突然ぱあっと開けたような、そんな感覚があった。

 この地に埋もれている歴史を掘り起こして、物語にすることはできないだろうか。編集者の友人に相談すると、こんな返事がきた。

 「『ちいさなおうち』のように、この場所が形を変えながら、地域を見守り支えてきた、ということが伝わるといいですね」。

 なるほど。「地域の移り変わり」をモチーフにした物語か。いいな、よし決まった。こうして、歴史をテーマにした絵本作りがスタートした。

※『ちいさいおうち』  アメリカ合衆国の絵本作家、バージニア・リー・バートンの代表作。静かな田舎町にたつちいさいおうち。やがて道路ができ、高い建物がたち、周囲がにぎやかになっていく‥‥というストーリー。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.3

~プロジェクト開始早々につまずく、の巻~

 

地域の歴史をテーマにした物語をつくる。そのためには、時代とともにどんなふうに形を変えてきたのか、時系列で知る必要がある。この歴史調査で、しょっぱなからつまずいた。なにしろ、これまで家と職場を往復するだけの生活で、地域のことをまるで知らない。歴史の資料がどこにあるのか、さっぱり検討がつかなかった。

「武蔵小杉の図書館に資料がある」と耳にし、かたっぱしから地元の歴史に関する資料を借りまくった。でも、小倉池伝説や夢見ヶ崎の名前の由来など、ピンポイントの情報は知ることができたが、「時系列の流れ」が分かる資料が見あたらない。

 数か月たったころ、ようやく探し求めていた資料にたどりついた。それは、幸区40周年記念誌と日吉郷土史会がまとめた年表。幸区の変遷が、時系列で詳しく解説されていた。 この資料のおかげで、バラバラの「点」だった情報が、「線」につながった。さらに、幸区役所の計らいで、日吉郷土史会のIさんに話を伺うことができ、「点」から「線」へつながった歴史のイメージが、一気に「面」へと広がっていった。

Iさんは、年表だけでは分からない、興味深いエピソードを教えてくれた。 「川崎といえば工場」というイメージをもつ人が多いが、昔は見渡す限り田んぼが広がっていて、自宅の庭に、野鳥がたくさん遊びにきていたこと。一番心に残ったのは、古墳時代の話。「史実にはいろいろな説があり、私の推測の部分もありますが」と、Iさんが前置きをして話し始めたのは、日本書紀にも登場するヤマトタケルノミコトとその妻であるオトタチバナヒメの物語――。

さまざまな話を聞いて、その時代、その時代の光景が鮮やかに浮かんだ。加瀬山を中心に、時代とともに大きく変わっていく風景。ここで暮らした人たち。壮大な歴史に想像が膨らみ、漠然としていた物語のイメージが少しずつ見えてきた。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.4

~ふつうの主婦が絵本作家になる夢をかなえる、の巻~

 

「あずちゃんのことを紹介したいから、プロフィール文を考えてくれない?」「そうねえ……、パート勤めのふつうの主婦って書いといて(^^♪」。

イラストを担当したあずは、表に出るのが苦手なタイプ。「あず」というペンネームも、本名を明かさないために考えたのだそう。この機会にあずのことを紹介したい。

『ふしぎにゃとんねる』の絵は、繊細な風景の描写や迫力のある色使いから、プロのイラストレーターによる作品と思われるようだが、なんとあずは、この20年間、絵筆を握っていなかったという“ふつうの主婦”である。ふだんは、3人の子供を育てながら、絵とはまったく関係ないパートの仕事をしている。子供のころから絵を描くのが好きで、絵本作家になりたいという夢をもっていた。でも、学校を卒業後、夢とは違う分野の職業を選択。仕事や子育てに追われているうちに、絵を描くことから遠のき、いつの間にか忘れて去っていた。でも、心のどこかで夢は生き続けていたのだろう。本屋で、好きな絵本を見つけては、コツコツと集めていた。あずは、娘が通う保育園のママ友。ある日、ふとした会話で、絵本を100冊以上持っているというハナシを耳にした。そして、むかしは絵本作家になりたかったということも。

「じゃあ絵本をつくればいいじゃない」とわたし。そんななにげない会話がきっかけとなり、『ふしぎにゃトンネル』が誕生したというワケだ。埋もれていた夢を思い出したあずは、前にも増してキラキラしている。「仕事の合間に、ずっと絵のことを考えてた。こんなふうに描こうってアイデアが湧きまくって、頭からずっと離れないの。食事も風呂も、他のことは全部忘れちゃってた。早く描きたくて、ほんとに楽しくて楽しくて」。夢ってこんなに人を輝かせるものなんだ。原画からあふれだす「夢パワー」が広がって、みんなが自分の夢を思い出すきっかけになればいいな、と願う。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.5

~武蔵小杉の小さな公園から大きなヒントを得る、の巻~

 

そもそもなぜ夢見ヶ崎動物公園の絵本をつくることになったのか、というハナシ。じつは、幸区のプロジェクトがスタートした当時、「絵本」をつくるという発想はなく、地域の施設を紹介する「パンフレット」をつくる予定だった。

パンフレットの構成を企画書にまとめた翌日、あずから連絡があった。「まささん、すんごいもの見つけちゃった!」。電話口の向こうから、興奮した声が飛び込んできた。あずの話によると、仕事で武蔵小杉駅のそばを通りかかったとき、高層マンションの前に小さな公園があった。公園には、散歩道に沿っていくつか看板があり、二羽の小鳥にまつわる物語が描かれている。小鳥が棲む木の巣箱や小道の足あとなど、ストーリーの内容と公園の風景が連動していて、散歩をしながら物語の世界を楽しめる。「こんな感じのことを、幸区でやったらどうかな」と、あず。「いいね、それにしよう!」と即答した。

なぜ、武蔵小杉の公園の話にピンときたのか? それは、「物語」というキーワードに、これだ!という直観を感じたから。実際に歩いてみると、ほんの数分で通り抜けられるほどの小さな公園。どこにでもある公園も、物語の舞台になることで、一本の木、小道、水辺が、ちょっと特別な場所のように思えてくるから不思議だ。

プロジェクトの企画書を作るとき、まず考えたのは、インターネットの情報があふれている今、紙媒体で伝えたいことは何か、ということだった。お店もイベントも、知りたいことはスマホであっという間に検索できる。

ここにしかない魅力を発信するには、土地にまつわる物語を創り、親子で楽しめる絵本にしてはどうか。そうすれば、いつも見慣れた風景がワクワクする場所になる。こうして予定変更。企画書を練り直し、「絵本プロジェクト」が誕生した。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.6

~新キャラクター初夢に登場する、の巻~

 

初夢に、絵本の表紙が出てきたの――。保育園の帰り道、あずがつぶやいた。「それも、どこかで実際に見た映像じゃないかって思うくらい、はっきりとね。夢から覚めても鮮明に覚えてる」。「それどんな絵?」「忘れないうちにスケッチするよ」。

それから3日後、さっそく描いて持ってきた。スケッチには、物語の主役となる動物のキャラクターが描かれているという。

「どんな動物だろう。子供たちに人気のペンギン? キュートなレッサーパンダ? 開園後一番にやってきたシマウマ? いやいや意表をついて、あのアンニュイな表情の老ヤギだったりして」。ワクワクしながら、スケッチを取り出すと……。

「!!」 。 なんと、わたしの頭の中にあったどの動物とも違うキャラクターがそこに。梅の花を敷き詰めた、ピンクの絨毯の中央に、一匹の猫がちょこんと座っていた。絵本のキャラクターは、てっきり園内で「飼育している動物」と思い込んでいたから驚いたが、不思議と時間がたつにつれて、しっくりなじんできた。あずは、その猫を「ブサ」と呼ぶ。シニカルにニヤリと笑う表情がなんとも印象深く、一度見たら忘れられない独特の存在感。今回の絵本は、壮大な歴史をモチーフにした物語。ナビゲーター役は、オリの中の動物ではなく、自由に動き回るノラ猫が、はまり役と言えるだろう。何歳か分からない、どこから来たかも分からない、謎めいたイメージもぴったり。しだいに、絵本のキャラクターは、「ブサ」しかいないと思えてきた。

  • キャラクター「ブサ」の紹介  はるか昔から加瀬山にすんでいるノラ猫。人間よりずっと長く生きているため、自分が一番エライと思っている。ちょっと生意気で、高飛車な態度をとるものの、どこか憎めないユニークなキャラクター。人間の言葉を話しているつもりだが、ときどき「な」行が「にゃににゅねにょ」になってしまう。

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.7

~ストーリーづくりでドツボにはまる、の巻~

 

プロジェクトのメンバーと話し合ったのは、絵本をどんな人に読んでもらいたいか。ターゲットは、幼稚園、保育園、小学校低学年くらいまでの子供とその保護者。小さな子供でも理解しやすいように、テンポよく読めるように、短い文章にする。

しかし、ストーリーづくりを開始してから、またもや、大きな壁が立ちはだかった。第一稿を見返して、愕然となった。「なんなんだ、この小学生が書いたような文章は……!」。とても商品として表に出せるようなシロモノではない。わたしはこの時点まできて初めて、重大な事実に気づいた。ふだん仕事で書いている雑誌や新聞の文は、主に1000字を超える長文の記事。物事を丁寧に説明するのは慣れているが、わずか数十の文字で完結する短文は経験がない。いつもどおり書いたあと、制限文字数に合わせて短くしたら、ただ事実を羅列しただけの「小学生のような文」になってしまったのだ。長文ができるなら短文もいけるなんて、なんと浅はかな考えだったのだろう。ひとことで文章と言っても、長文と短文は、まったく「別もの」。たとえるなら、同じ球技でも、サッカーとテニスが別ものであるように。サッカー選手が、ある日突然テニスの試合に出るのは難しいだろう。そうは言っても、ここまできて放り出すわけにはいかない。とにかく前に進もう。第二稿→ぜんぜんダメ。

第三稿→もっとダメ……。そうだ、方法が分からないなら、勉強すればいい。

『絵本のつくりかた』『絵本ABC』→マニュアル本は眠くなるzzzzzz……

名作絵本の文章を研究→美しい言葉、絶妙な音のリズム、すばらしい……

 いやいや、人の文章に感心している場合ではない。だんだん焦りがつのってくる。完全にドツボにはまった。メンバーをはじめ、いろいろな方に意見をいただきつつ、書き直しを重ねること30回以上。ギリギリになって、やっとこさ完成にこぎつけた。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.8

~常識よりワクワクするほうを選ぶ、の巻~

 

 絵本のストーリーのなかで、もっとも大きな見せ場は、縄文時代、このあたり一帯が海だったという場面。このシーンを「最初」にもってくるか、「最後」にもってくるか。意見がまっぷたつに分かれた。あずの描いた絵コンテでは、海のシーンが最後に登場する。しかし、友人の編集者は、口をそろえて「最初にもってきたほうがいい」とアドバイスをくれた。最初に印象的なシーンをばーんと出して読者を惹きつける、というのは企画づくりのセオリー。わたし自身も、はじめは後者の意見で、この点については、そうとう迷った。

熟考の末、最終的に出した結論は、あずの意見を採用することだった。物語には、「どちらが正解」という答えはない。そうであれば、作者であるあずが、ワクワクする展開を選んだほうが、物語が生き生きするのではないか、と考えたのだ。あずには、他の意見があることは伝えず、「このコンテのイメージどおり描いて」と伝えた。

そして完成後、あのときの選択は、正解だったと確信した。あずは、物語の最後、みごとなクライマックスシーンを描き上げた。富士見デッキの向こうには、夕日でキラキラと輝く広大な海が広がっている。加瀬山から見たサンセットのイメージに、ぴたりとはまるイメージを見つけるために、夕日の写真を何十枚も撮影したそうだ。縄文時代に生息していた海の生き物についても、図鑑で徹底的に調べるといったこだわりよう。こっそりお伝えすると、次作の絵本の主人公、くじらの親子も描かれている(ココでしっかり宣伝するところが、あずらしい)。

作品づくりには、たいていクライアントがいて、自分の思い通りにいかないことも多い。制約がある中でも、可能な限り作る人がワクワクする方向へもっていくと、そこに爆発的な「夢パワー」が生まれる。今回の経験から、強く実感したのだった。

 

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.9

~夢をかなえるための秘訣を知る、の巻~

 

絵と文さえ仕上げれば、絵本は完成したも同然と思っていたけれど、ゴールの目前に一番大きなハードルが残っていようとは……。

絵本の制作期間は、企画の段階を含めると、およそ一年半。振り返ってみると、この間に数々の難関があったが、もっとも大変だったのは何かと聞かれたら、間違いなく最後の1か月を挙げるだろう。

これまでの仕事では、原稿を書いたら、編集者に渡して仕事は完了。数か月後に、きれいな誌面になって届く。つまり、ライターの私には、絵と文を「絵本のカタチにする」という経験がなかった。印刷所を探すところから始まり、細かい部分の校正、デザイン、関係各所との最終調整、印刷所とのやりとり、製本……。何から何まで、ほぼ初めての経験である。慣れないことだらけで、ほとほと疲れ果ててしまった。

しかし、本が完成するまでに、文章を書くこと以外に、どれほど多くの人たちの労力がかかっていたか身にしみて分かった。いままで、分かっているつもりでいたけれど、知っているのと、やってみるのとでは、大違い。あのまま順調にライターの仕事だけ続けていたら、気がつかなかっただろう。あらためて、感謝の念がわいた。 

もうひとつ、夢をかなえるために、大切なことを知った。それは、人と人、グループとグループの連携の輪を広げること。今回のプロジェクトでつまずいた点も、絵本プロジェクトのメンバーだけで話し合っていたが、輪を広げていろいろな人の意見を聞いていれば、もっと簡単に解決していただろう。今では、以前よりも地域の人とのつながりが広がり、この問題ならAさん、あの問題ならBさんと、サポートを頼める人の顔が浮かぶようになった。さらに大きく輪が育っていけば、いろんな人のいろんな夢が、どんどんかなっていくような、そんな気がしている。

 

 『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』誕生秘話vol.10

~この地は夢がかなうところ、の巻~

 

夢をかなえるためには、人と人がつながって、連携の輪を広げることが大切と、前のvol.9で書いたが、この地には、すでに地域の輪をひろげる場がある。絵本プロジェクトと同じ年に立ち上がった、「~つながる ひろがる~ゆめみらい交流会」。幸区役所が主催する交流会に、先日、わたしも出席した。地元の方たちが集まり、活動の内容を発表したり、夢見ヶ崎を中心に、地域を盛り上げる方法を語り合う。いろいろな方の話を聞き、興味深い事実を知った。

ここ夢見ヶ崎には、夢追い人がたくさんいるということ。

夢を見るだけではなく、実際に行動し、実現しているのだ。土地の名前に「夢」という字が入っているだけに、夢見ヶ崎には、夢をかなえるパワーがあるのかも……。「夢をかなえる街、夢見ヶ崎」。なんだか素敵だなあ。

よし決めた! 今回の原画展のテーマは、「夢をかなえる」にしよう。“ふつうの主婦”だったあずが、この地で絵本作家になる夢をかなえたこと。絵本をつくったことで、夢が広がっていること。さらに、この街に住む人たちの夢を集合させるのはどうだろう。ひとつの場所に集めることで、バラバラだった夢と夢がくっついて、化学反応が起き、実現するスピードが高まる。さらにもっと大きな夢に育つーー。こうして原画展のイメージが固まった。

『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』は、この地だったからこそ生まれた。夢がのびのびと育つ環境がある。「前例がない」と門前払いをすることなく、新しい企画に「おもしろい!やってみよう」とのってくださった幸区役所企画課の皆さん。「見守りのプロ」である平野良美さんと石渡裕美さん。どんなムチャをしようが、口をはさまず自由に作品をつくらせてくれた。最後に、心から感謝の気持ちを伝えたい。

CHAPTER1 物語の背景~夢見ヶ崎の歴史トリビア10~

CHAPTER

物語の背景

 

地域の歴史をテーマにした絵本『ゆめみがさきのふしぎにゃトンネル』。夢見ヶ崎動物公園にすむ猫・ブサといっしょに、縄文時代までさかのぼって、タイムトリップする物語です。CHAPTER1では、夢見ヶ崎の歴史トリビアをパネルでご紹介します。時代とともに風景が大きく変化してきた幸区。あなたも、ブサといっしょに、物語の世界へ旅してみませんか? 

 

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夢見ヶ崎歴史トリビア1

歴史のナゾを解き明かした

重要遺跡がラゾーナの下にある

 

縄文時代弥生時代の順番は、今では常識。でも長い間、専門家ですら、どちらの時代が先か分かりませんでした。それを明らかにしたのが、日吉分館のそばにあった南加瀬貝塚貝塚の地層が、歴史のナゾを解き明かす決定的な証拠となったのです。貝塚の土は、洪水による被害を防ぐため、ラゾーナ川崎プラザがある川崎駅の一帯に運ばれ、今はありません。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア2

「越路」の前の地名は「恋路」

知られざる伝説があった

 

加瀬山の近くにある「越路」は、明治まで「恋路」と呼ばれていたことをご存じですか? 地名にはこんな伝説が残されています。日本書紀にも登場するヤマトタケルがこの地で、オトタチバナヒメに出会った。ヒメに会うために、日吉から加瀬山へ通った道が、のちに恋路と名付けられました。二人は結婚し子供に恵まれ、家族で仲睦まじく暮らしたと言われています。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア

6000年前、加瀬山は

海に浮かぶ「島」だった

 

幸区の歴史は、なんと縄文時代までさかのぼります。夢見ヶ崎動物公園がある加瀬山は、6000年前、海に浮かぶ島でした。自動車がなかった時代、船は食料や燃料を運ぶための重要な手段。海に囲まれた好立地を生かし、貿易で栄えました。当時の人がゴミ捨て場として使っていた大きな貝塚が発見されたことから、たくさんの人が住んでいたことが分かります。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア4

JR南武線

人ではなく「砂利」を運んでいた

 

南武鉄道(現在のJR南武線)が開業した1920年代より前は、主に馬車が使われていました。鉄道をつくった理由は、多摩川の川原で採取した砂利を運ぶこと。その名も「多摩川砂利鉄道」。旅客がメインになったのは、1930年代以降のこと。日本電気富士通信機製造(現在の富士通)が進出し、沿線の人口が急増。工場への通勤客が、南武鉄道を利用しました。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア

二ヶ領用水をつくったのは

 あの徳川家康だった

 

家康と言えば、将軍のお膝元・江戸。川崎との縁はあまり知られていませんが、「江戸の食料庫」としてこの地を重宝し、新田開発に取り組みました。二ヶ領用水は、農業用の水をひくために1597年から14年の歳月をかけて完成。当時の川崎は見渡すかぎり田んぼ。農民たちは「将軍様の米どころ」として、誇りをもって仕事に励み、上質の米を豊富に生産していました。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア6

加瀬山には

古墳が7つのこっている

 

「古墳の上に動物園!?」。夢見ヶ崎で初めて出会った歴史トリビアがこちら。しかも、1つや2つではなく、広場の片隅や小道、いたるところに7つものこっています。古墳時代、この地に有力な豪族が現れ、代表的な加瀬白山古墳は、全長87m、高さ10mと、関東では最大級の規模。白山古墳は、オトタチバナヒメとその両親をまつった墓という説もあります。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア

多摩川は「暴れ川」と呼ばれ

氾濫を繰り返していた

 

野球やサッカー、サイクリングなど、市民の憩いの場として親しまれている多摩川の河川敷。でも、昭和初期まで多摩川は何度も氾濫を繰り返し、「暴れ川」と呼ばれて恐れられていたそうです。明治40年、43年と立て続けに大洪水に見舞われ、工場や家が大きな被害を受けました。被害を防ぐために、加瀬山を崩して沼を埋め立て、土地をかさ上げしました。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア

夢見ヶ崎動物公園には

天地山海の神仏が集まる

 

夢見ヶ崎動物公園に初めて訪れたとき、驚いたのは動物の檻のすぐ隣に神社や寺があること。もともと街なかにあった天照皇大神浅間神社熊野神社、了源寺が、土地を確保しやすい加瀬山に移築されたのだそう。おかげで、天地山海の神仏が大集合。学業、健康、安産、縁結び、商売繁盛、何でもここ一か所でお参りできる「万能パワースポット」になったのです。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア

江戸城

夢見ヶ崎につくる予定だった

 

江戸城を築いたことで有名な武将、太田道灌。じつは夢見ヶ崎と深いつながりがあるんです。道灌は見晴らしの良い好立地に目をつけ、この地に築城を計画していました。しかしある晩、武将にとって大切な兜を鷲に持ち去られる夢を見て築城を断念。この伝説から「夢見ヶ崎」と名づけられたと言われています。道灌さんのおかげで、素敵な地名が生まれたのですね。

 

夢見ヶ崎歴史トリビア10

環境がV字回復したきっかけは

ひとりの主婦の声だった

 

川崎が日本一の「工業都市」だったことは教科書でもおなじみですが、その後、川や大気の汚染から、奇跡的な復活をとげた「環境都市」として、今注目を集めています。子どもの遊び場である自然を守りたい。ひとりの主婦の声をきっかけに、大きな輪となり、地域、行政、企業が一体となって取り組んだ結果、不可能を可能にする莫大なパワーが生まれたのです。

 

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縄文時代までタイムトリップ!!

~地域の歴史をテーマにした絵本が誕生しました~

 

幸区の歴史は、縄文時代までさかのぼります。夢見ヶ崎動物公園がある加瀬山は、縄文時代、海に浮かぶ島でした。食料や燃料の輸送手段が限られていた時代、海に囲まれた好立地を生かして水運業で栄えました。

古墳時代には、有力な豪族が現れ、古墳が作られました。代表的な古墳は、西暦 350年ごろに作られた加瀬白山古墳。全長87m、高さ10mと、関東では最大級の規模と言われています。

江戸時代には、稲作が盛んにおこなわれ、見渡すかぎりの広大な田園が広がっていました。多摩川の豊富な水源に恩恵を受ける一方、何度も洪水を繰り返し、「暴れ川」とも呼ばれていたそうです。

緑豊かな地から一転、明治時代には、横浜精糖※1や東京電気※2が次々に操業を開始。工業都市として発展します。しかし、明治40年、43年と立て続けに多摩川の大洪水に見舞われ、工場が大きな被害にあったため撤退の危機もありました。そこで、加瀬山を崩して南河原東南部※3の土地をかさ上げし、工場用地を整備。白山古墳や昔の人たちがゴミ捨て場として使っていた貝塚も切り崩され、現在はありません。

そして、高層マンションや商業施設の建設ラッシュが続く現代へ……。夢見ヶ崎動物公園は1974年(昭和49年)に開園しました。加瀬山を中心に、時代とともに大きく変わっていく風景をモチーフに、絵本のストーリーを考えました。

 

※1 後の明治製糖 ※2 現在の東芝 ※3 現在のラゾーナ川崎のあたり

 

 

アイデアの種「AR×絵本」

東芝科学館のAR

一年前、絵本の舞台となる幸区のマップを作ったときのこと。

マップを描いてくれたJちゃんが、打ち合わせのとき、こんなことを言った。

「ゆくゆくは、マップにスマホをかざすと、ピコンってその場所の情報が出てくる…

みたいなことができればと」

 

次のプロジェクトでは、Jちゃんの言葉が、カタチになるといいなと思っている。

Jちゃんによると、このアイデアは、もともと東芝科学館で見たコーナーが

ヒントになったそうだ。

子供たちがタブレットを持って、マークにかざすと、ピコンと画面が立ち上がって

科学クイズがでてくる。

 

ふるさと北九州で町おこしの活動をしている友人も

おもしろいことを教えてくれた。

 

 スマホで物語の世界にトリップ

友人がある土地を視察したとき、地元の歴史を知ってもらうために考えられたおもしろいプロジェクトがあったそうです。たとえば、海岸に行き看板のマークにスマホをかざすと、今いる地点の昔の映像が見られるというもの。これを絵本に応用すると、マップのお寺にスマホをかざすと、将軍を護衛する侍たちの絵が見られる。まるで、絵本の世界へ迷い込んだような感覚を体験できるというワケです。イラストをアニメーション動画にして、動くようにする方法もあります。

 

エッフェル塔絵本展のAR

 

さらにもうひとつ、西野さんのブログでも、

エッフェル塔で行った絵本展で、この技術を使ったコーナーが

とても好評だったという報告がありました。

西野さんのブログで知ったのですが、この技術を「AR」と呼ぶそうです。

世界との戦い方 by キンコン西野 | 西野亮廣ブログ Powered by Ameba

 

西野さんが描いた下絵にタブレットをかざすと、絵が完成するまでの過程が早送りで観れるというものだそうです。

 

今、西野さんは、絵本をアニメーション映画にした『えんとつ町のプペル』を

制作していて、その映画をARに利用するという構想もあるとか。
絵本展の会場に展示されている作品(光る絵)にタブレットをかざすと、その絵をキッカケに映画のワンシーンが動き始める。

 

なるほど。

ひとつ、ひとつ、アイテムを丁寧につくっていって、

それが、重なっていって、だれも真似できないオリジナルができあがっていく。

 

絵本、マップ、A3絵本、絵本誕生秘話、夢ファイル、歴史トリビア、ミニミュージカル、紙芝居ライブ、和製本のハンドメイド絵本、、、

 

ひとつひとつ、丁寧にカタチにして。

次は、「AR」という、もうひとつ現代的なアイテムがプラスされると

きっと大きな力になる。

「AR」に詳しい専門家を探しに行きます。

 

※そういえば…編集者Sさんが、「絵を動かすアニメーションだったらやりたいんで、呼んでください」っておっしゃっていたな。と思い出した。

 

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●AR(拡張現実)

現実世界をベースに、追加情報を付加すること。視覚だけでは感知できない情報を付加して表示するタイプのもの。スマホを夜空にかざすと、今見えている星座の説明が出てくるアプリなど。

 

VRバーチャルリアリティ:仮想現実)

「バーチャル(仮想)」を、まるで「現実(リアリティ)」であるかのように体験するための技術や取り組みの総称

 

 

アイデアの種「日本古来の文化×絵本」

西野さんのブログをたまに見ている。今日もおもしろい。

フランスのエッフェル塔で個展を成功させた西野さんは、ブログの中でこう語る。

【日本の「歴史」「文化」「風俗」の延長にあるもの…もっと言うと、“日本がこれまで投下した時間を味方につけたもの”が、僕らが作るエンターテイメントの答え】

世界との戦い方 by キンコン西野 | 西野亮廣ブログ Powered by Ameba

 

 今、まさ出版では、「和製本+和紙」のハンドメイド絵本に挑戦している。

日本のお家芸でやってみようと。

何より、和製本+和紙の手法が、

シンプルで、あたたかみがあって、心惹かれるからというのが

一番の理由なのだけど。

あ、あともうひとつ大きな理由があった。

パソコンが苦手で手作業のほうが得意だから。

 

次の絵本プロジェクトでも、

日本の「歴史」「文化」「風俗」をしっかり意識したい。

2020オリパラがあるから、外国の方が日本のどの時代に興味を持つのかということを考える。

そこで、「侍」「寺」「風呂敷」

この3点をキーワードにする。

 

●侍サムライ➡日本といえば、サムライ、ニンジャが今でもいると思っている外国人がいると聞いたことがある。武蔵小杉の周辺は侍文化が色濃く残っている。徳川家康が鷹狩りに訪れていたこと。大名行列があったこと。そんな歴史をクローズアップしたい

 

●寺➡西野さんはブログの中で、寺が圧倒的な異国感をかもしだしていた、という内容を書いていた。やはり、寺は外国の方にとってわかりやすい、日本的な空間なのだろう。寺も物語にからめる(キャラクターの猫が住んでいる寺という設定)。そういえば、この前お話した住職さんが、日本人と寺がどんどん切り離されて、風景の一部とかしていると、ちょっとさみしそうに話していた。日本人にとっても、身近な寺を見直すきっかけにしたい。

 

●風呂敷➡代官山のLUSHという石鹸屋さんに行ったときのこと。店長さんとお話して、こんなおもしろい話を聞いた。LUSHはイギリスで誕生したブランドなのだけど、イギリス人の専属デザイナーが、日本の風呂敷文化に感動し、プラスチックをリサイクルした布で風呂敷をつくり商品化した。それがすごく素敵で、3枚購入して帰った。

風呂敷は、日本古来のエコバッグである。そういえば、布一枚というこれ以上ないほどシンプルなデザインだ。

最初は大名が使い始めたものらしいけど、江戸時代には庶民にも広がり、徳川家の形見分帳にも記載されていた。江戸時代には、銭湯で着替えを持ち運ぶのに使われたそうだから、そのシーンを絵本に盛り込む。

 

 

 

アイデアの種「夢ファイル」

原画展で展示した「夢ファイル」。

夢見ヶ崎に住む人たちの夢をアンケートであつめ、展示しました。

これを、2020年2月1日のミニミュージカルでは、

パネルにしようと準備を進めています。

 

このアイデアは、夏に行った「スイミー原画展」からヒントを得ました。

原画展直前に、メインのパネルを発注していた方が、間に合いませんとなって、

追い詰められて、半ば逃避のように出かけたのです。

 

スイミー展の入場口の前に、あったのが、

「レオレオニの作品の中で一番好きなのはどの絵本ですか?」という質問。

たくさんの人が、葉っぱのカタチの付箋に、好きな絵本のタイトルを書いて

木に貼っていました。

その横に、有名人が、レオレオニの作品について語るパネルが並んでいました。

 

ちょうど、

夢見ヶ崎に住む人から、

夢を書いていただいたアンケートを集めていました。

こんな感じで展示してはどうだろうと。

 

実際に原画展を見たプロデューサーIさんは、

「このコーナーを大切にしたほうがいいよ」、とおっしゃっていました。

 

「会場の、一番目立つところに、もっと大きくドーンと。

タイトルもでっかく書くんだよ」

 

原画展の主役は、原画と思い込んでいたから、これは驚きました。

おまけでつけたはずの、part4を主役をもってくる。

なるほど。それで、夢を書いていただいたアンケートを貼るだけではなく、

パネルにしようと思いつきました。

 

原画展では、part4という最後のおまけという扱いでしたが、

スイミー絵本展のように、

夢パネルコーナーを一番最初、プロローグにする

会場に入って、一番に目に入るところに飾る

 

さらに、夢パネルの原稿を読んだJちゃんはこういった。

「有名人じゃなくて普通の人も、こうしてパネルにすると立体的に見えますね」

 

「普通の人が立体的に見える」……

ふと、ユニクロの店内を思い出した。

老若男女、「普通の人」が、かっこよく着こなして、大きなパネルになっている。

で、どこかで見た顔が……と思うと

芸能人がその中に混じっていることがある。

このさりげなく混ざっているのが重要なポイント。

これを、夢パネルでもできないか。

 

つまりだ。

動物園の園長さんとか区長さんとか市長さんとか、区の職員とか、

立場のが違う人が

みんな同じ大きさのパネルで並んでいる

並べる順番も、先着順。

この人は、重要なポストだからトップにくるとかではなく。

 

ユニクロの広告だって、

有名人のパネルが大きくて、普通の人が小さかったら

あの斬新なイメージは生まれなかった。

 

さっそくメールを送ろう。まず区長さんから。